やまうらの文章

やまうらが思ったことなどを書いてます。

アイシンクソー。

 文章を書くことを少しばかり高尚に思っていた。書き手には何か特別な意思とか力が合って、読み手に届く言葉を繋ぐ、その必要があると思っていたし、そういう文章が心を揺さぶる。そう信じていたが、それが重く、苦しいのだと言うこともこの年になって気付いた。

 

 Twitter。バカッター。色々あるけれど、140文字の制限と、過去を振り返らないような、その場の雰囲気をそのまま表現するような場が出来て、それはそれは面白い世界になった。もちろん、色々な試行錯誤と、サービスが受け入れられるには時間がかかったが、文字と写真をより手軽に、世界に伝えられるようになった。そして、人と人との垣根が一気に近づいた。

 

 誰でも手軽に表現できる世界が広がった今、ブログとはどんな存在なのだろうか。過去の遺物。それとも、日常の一環。

 

 文字があふれかえる中、その価値は変わらない。重みのある人にはやはり重い意味のある言葉になるし、何もない人には中身の無い言葉しか出てこない。

 

 文字は道具だ。伝えるためのコミュニケーションツール。それ以上。以下でも無い。大切なのは扱う人。やっぱり、人は人にしか伝わらない。